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トイレットペーパーはいずこへ [ひとりごと]

常に買い置きしていますが、あと4個ぐらいしかなくなった先週末からどこに行っても売っていないのです。ドラッグストアのトイレットペーパーの棚だけがもう朝からすでにガラガラ。
幸いマスクは家と近所の往復しかしませんので以前からあったものでたぶん足りると思っていますが、
まさかトイレットペーパーがなくなるなんて思ってもいなかったので本当に困っています。

土日ももちろんなく、今朝、駅前のドラッグストアに9時前に並ぶ覚悟で行ったらすでに20人ぐらい並んでいるんです。
マスクを買いたいと思っている人もいたのでみんながトイレットペーパーではないと思いますが開店と同時に店に入ったらすでになし!
店員さんに聞いたら「今日は入荷予定がありません」とのこと。
スーパーは10時開店なのでその1時間の間に私は家事をしないといけないので(母親のデイサービスのお迎えが10時前なので)行けないし・・・と、自転車でもう一つの駅から少し離れたドラッグストアにはしると、4個ぐらいがやっと見つかり、もちろん1個しか買えないので、もう、まるで宝物を見つけたかのように貴重なものを買うことができました。早速もう一つどこかのおじさんが買ってました。

いやはや…トイレットペーパーが不足しているなどというデマを一体だれが流したのか・・・。
ドラッグストアの店員さん曰く、そのデマを流したどこかの社員は解雇されたそうですが、ホントにこういうデマは混乱を招くのでやめてほしいです。

キッチンペーパーまでないのです。
運転できないというのがここにきて本当に厄介です。

いざというときに重たいものだと自転車に積むには限界があるので・・・。
今日も仕事が終わったらホームセンターは近くにはないけれど自転車では行けるんで、コピー用紙とプリンタのインクを買わないと印刷できませんから行かなければと思っています。

でも、3日に一回は雨が降るような変な天気だし、暖かいかと思うと寒くなるし、めちゃくちゃです。

やはり、混乱時にはみんな自分のことしか考えてないという人が私も含めて多くなってしまいますね。

どこかのコンビニではトイレットペーパーが盗まれないように鎖を付けたりしていた画像も見ました。

そんなことまでしなければいけないのかと思うと情けなくなります。

いつになったらコロナウイルス騒動が終息するのかは本当に曖昧ですが、いい加減家に缶詰め状態もイライラが募ります。
自転車で近辺を走るだけでもちょっとすっきりします。

トイレットペーパーはいい加減終息してほしいですが、皆さんの住む地域では購入が困難になっているものってありますか?
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マイナーな「えべっさん」 [ひとりごと]

気学を取り入れているせいか、方位が気になることが多いのですが、私の自宅が大阪北部でも西の端の方にあるため、大阪の主要な場所がほとんど「南東」になってしまいます。
もともと私は南東が五黄殺という方位なのであまりよくないのですが、行く場所がことごとく南東になることが多いのです。

いつも行く「服部えびす」さんも南東にあたり、今年は9日から11日までの間のどの日も南東は方位として不適格でした。
なので、ちょっと違う「えべっさん」を求めて動いたのですが、9日は南が吉方位でしたので、南にどこかないかと探すと二か所あったのです。

そこで、より南に位置している「庄本えびす」なる神社に行ってきたのですが、服部だともう、身動きが取れないぐらい人・人・人なのに、ここはほとんどだれもいないので、本当にえべっさんなんだろうかと思うぐらいで、マロ君を連れて入っても「どうぞどうぞ」と近所の主婦の方が皆さん歓迎してくれるし、私たちともう一組のご夫婦だけだったのでもう、福娘さんも2人だけでしたし、ほとんど貸し切り状態の中で、至れり尽くせりで不思議な気分を味わいました。
でも、ちゃんと福笹もあるし、サラエも売っていたし、なんと、福引まであったのですが籤運のない私はやはり末等のティッシュペーパーしかいただけませんでした。
でも、紅白のおもちが入っていたり、かわいらしい犬用のお守りも売っていたりで、じっくり神社内を見て回ることができましたので、なかなか楽しかったです。

でも、なぜここはこんなにマイナーなんだろう?と不思議でした。

場所がちょっと行きにくい場所にはあるのですが、車もほとんどないので境内に停めていただいていいですよと言われたり、まさに近くの鎮守さんというような感じでした。

人混みが嫌いだし、この神社はとってもフレンドリーでかえってよかったです。

来年以降も南に照準を合わせてここに行きたいなと思いました。

今宮戎や、堀川えびす、西宮戎なども服部と同じくものすごい人なんですが、こんなマイナーなえべっさんがあってもいいんじゃないかなと思います。
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今どきの若い者は・・・? [ひとりごと]

新年ももう10日過ぎてしまいました。

年末に母親が救急搬送され、介護というか見守らなければならない事態が多くなってきたのもあって、なかなか長時間パソコンの前に陣取って書き物をするという時間がないというのがあります。
私はスマホからブログをアップしないのもあって、余計に更新頻度が少なくなるのですが今年は木星も土星も山羊座にある一年ですから、自分に厳しくなりつつ、せめてブログを週一ぐらいには更新したいものです。

さて、タイトルは私ぐらいの年齢層のおっさんやおばはんが良く言うセリフですが、最近、私たちのような中高年よりも若い子のほうがよほど立派な言動をしているのではないかと思います。
もはや「今どきの年よりは・・・」と言われてしまうことのほうが多い気がします。

先日も21歳の若者が高速道路上で急に車が炎上したので、救急車両が通るのに道をあけてくださいと身を挺して一生懸命車に問いかけていた動画を見ました。高速道路上で車外に出るのは危険な行為ですが、とっさに彼は「みんなのために」動いてしまったんだと思いますから彼を責めることはできないしむしろ勇敢でかっこいい子だなと思いました。
年末にも電車内で嘔吐した人の吐瀉物を自分のシャツを脱いで周りが汚れないようにとっさに拭いて助けたという男子高校生のもう、かっこいいとしか言えない行為にも大きな感動を覚えたものです。
しかも彼のコメントは「見て見ぬふりをする人にはなりたくないと思う」ともう、頭の下がるコメントで、私などきっとその場から立ち去るであろうと思われますので、いい年をして恥ずかしいと思いましたし、そのほかにも最近高校生が道で倒れている高齢者を助けたりとか、以前は線路内で立ち往生していたお年寄りを助けるために、咄嗟に遮断機の緊急停止ボタンを押した高校生もいました。

この世代の星を見ると、顕著だったのが天王星と海王星の合が水瓶座にあり、多分にスピリチュアルな要素の強い世代です。
しかも天王星はルーラーですから日本人特有の「右へならえ」「長い物には巻かれろ」のような体質はなくなっていて、個性化が強まっていてそれが水瓶座特有のヒューマニズムにのっとった、平等性を醸し出していると思われます。
しかも海王星も水瓶座なので、単に優しさだけではなく、なんというのか先見の明があって咄嗟に機敏な動きもできる世代です。

世代的な星としてみると水瓶座というのはやはり長所が目立ちます。
天才を生みやすい星でもありますし、一昨年・昨年とともにノーベル賞を受賞した本所さんと吉野さんはともに水瓶座ですからまさに天才ですし、人間的にもレベルの高い人です。
もちろん悪く出れば単なる変人になってしまうこともありがちな星ですが、風星座のない私にはどうしても一目置いてしまうという、一つ後にある星座です。

占星学が好きな人も多い星座ですが、生徒さんにもなかなか強者が多く、高度な質問をされるので私のようなミーハー占い師はちょっぴり恥ずかしくなることも多々あります。

この、ヒューマニズムに富んだ水瓶座にトランスサタニアンが二つも合になっている世代ですから、なかなか「大人顔負け」の言動をする子が多いわけです。

大人たちが見て見ぬふりをすることのほうが多い時代、完全に反面教師になってしまっていますね。
突飛なことをしたら周りにどうみられるかとか、悪目立ちしたくないとか、変に関わって面倒なことになりたくないとか、心の中で言い訳のほうが先に来てしまい、行動できずにいる大の大人が多い中、本能的に体と心が連動して人助けに動けるのはまさに水瓶座の平等性と、魚座の奉仕精神のなせる業でしょう。
2004年ぐらいからは、逆に天王星が魚座に移行し、海王星が水瓶座にまだいる間はこれらは互迎になります。これもまたスピリチュアルな配置ですが、同じような傾向は出やすいでしょう。
ただ、勇気ある行動という意味ではやはり天王星がルーラーとして働く水瓶座期のほうが強いかなという気はします。

トランスサタニアンはやはり見逃せないなと思いながらちょっと調べてみました。
今は海王星がずっとルーラーになる魚座にいますので、気持ちの優しさはあるものの、行動となるとやや間接的になってしまったり、ややもすれば非現実的なことに走る場合もあります。

海王星自体は行動を促す星ではないので、やはりアクセルとしての天王星の動きは大事だと思います。

これらの若者世代は多く、今年のオリンピックにも出場する子たちです。
今年は多くのメダルを獲得する期待ができそうな気がするのは単に開催国だからという理由だけではなさそうです。
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自分で決めること [ひとりごと]

「あなた次第」とよく言われることがありますが、私はこの言葉がものすごく嫌いでした。
相談事などをした場合によく言われることですが、何となく責任回避した言い方のように思えて、同時に突き放された気持ちにもなったからです。

でも、物事は結局は自分次第なのです。
占いの場でも、「結果的にはクライアントさん自身が決めることだ」とよく言いますし、それが決して占い師が責任を回避してるからではなく、物事の結果はその人自身が選び取ったことでなければ結局は納得できないからです。

「あなた次第」という言葉だけが独り歩きしたら確かに何となく冷たく感じるのですが、要するに「自分で決めるということが何よりも大切なのだ」ということが言いたいだけなのだと思います。

前季のドラマの中でいろいろ考えさせられることが多く秀逸だった「凪のお暇」ですが、その中で
子供のころに誰でも一度ぐらいは遊んだことがあるであろう「花いちもんめ」という遊びは実は私も嫌いで、主人公の凪も「誰にも選んでもらえない」と思っていたように、「誰かに選んでもらう遊び」だと思っていたので、当時目立たないキャラだった私はやはりほとんど最後のほうまで「〇〇がほしい」とは言ってもらえなかった記憶しかなく、自分は不人気なんだと思ってずっと高校時代ぐらいまでは凪と同じように周囲に合わせるだけの従順でおとなしい人間でした。
でも、このドラマの中で独特の存在感を発揮した三田佳子さん演じた「みどりさん」というおばあちゃんが「花いちもんめは、自分で誰かを選ぶ遊びよ」と言ったその言葉にハッとしました。
「そうか!自分が選ぶ遊びなんだ」と・・・。
確かに選ぶ場合、みんなで話し合って決めるのですから、この遊びは誰を選ぶのかを決める遊びであって、最後まで誰が残るのかが大事とかではないのです。

ものは考えようといいますがまさにそうなんだなと思いました。

要するに子供のころから自分で物事を決めることの大切さを教えている遊びなわけです。

私が実施しているインナーチャイルドカードの中にも、「ソードのシーカー」なるカードがありますが、これはまさに「自分で選んだ道ならそれは正しいのだ」ということを示しています。
どちらが正しいかではなく、自分で決めたならその道が正しいのです。

占いの場面でも、付き合っている人が2人いてどちらがいいかという相談も多いのですが、こういう場合ももちろん相性等は観ますし、ある程度どちらがいいかということも助言はしますが、やはりクライアントさんは自分で決めるべきなのです。実際、こちらの助言がどうもしっくりこない場合も多いようで、その人は自分である程度決めているのだろうと思います。
でも、迷うことだってあるのでちょっと聞いてみたいということで占いを利用すると思いますし、占いはその程度の役割で良いと思っています。

これは決して無責任な助言ではないと思うし、占いではこう出ているけれど、自分でその人がそうじゃない、私はこっちのほうがいいんだという反発を覚える材料になってもいいと思います。

かくいう私も、「自分で決める」ということはとても苦手です。
そして「どうしよう~」と友達に相談しては「あなた次第」と言われてへこみますが、友達は私が結局は頑固で自分で決められる人間だと知っているからです。

私だけでなく、みんな自分で決める力を持っているのです。
ただ、自分で決めるということには覚悟や責任が伴うため、それを回避したいだけなのです。

ドラマの凪も、自分で決める力をちゃんと持っていたのに、それを棚上げして単なる「いい人」を演じていたのでしょう。でも、成長し、慎二とゴンという対照的な二人の男性からのアプローチに対して「どちらも選ばない」という選択をちゃんとするのです。

自分で決めるという勇気を持ったら、たとえそれが失敗して後悔したとしても、自分で選んだのだからと覚悟ができます。自分の人生のかじ取りは自分にしかできないのですから・・・。

なかなか難しいことだし、私自身もいつも選択肢が与えられるとその都度迷います。家族の問題やいろんな局面でどうも私は自分で決めるという立場になることが多いのですが、決めろと私に言う側は、うまくいかないと私のせいにできますが、私自身は誰のせいにもしなくて済むわけです。

こう考えたら、自分で決めた方がいいように感じます。
凪は、免許を持っているのに今までは誰かに運転してもらっていましたが、これからは自分で運転するというのも、「やってみたいこと」の中に掲げていました。
残念ながら私は免許がないのでそれはできませんが、「やってみたいこと」はいくつかあるし、それを決めるのは確かに私なので、大事なのは結局は「自分がどうしたいのか」なんだと思いました。

受け身でいたり、誰かに同調していたら確かに傷つくことは少ないかもしれませんが、感動もないし、つまらないと感じるでしょう。
能動性はやはり大切なんだなと思いました。

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ユーモアのセンスは大事 [ひとりごと]

今月ももう半分すぎてしまい、相変わらずの亀状態になってごめんなさい。

ネットで話題になっていた、ご主人のことを結構面白おかしく書いていた奥さんがいましたが、毒舌ではありますが愛を感じる書き方だし、実にユーモアのセンスにあふれていて、こういうことを書けるご家庭は円満だからこそなのです。

なかなか楽しい奥さんだなぁと思っていたら、その上をいくような方が!

ご主人が何気に夕飯に関して「簡単な冷やし中華でいいよ」といったそうですが、ご主人にしたら
大して意味もなく言ったことなんでしょうけど、奥さんからすれば、冷やし中華は決して簡単にちゃっちゃとできる料理ではないので、その言い方にムカッときたそうです。
で、この奥さんが出した冷やし中華の写真を見てもう、爆笑しました。

「簡単な」冷やし中華というところに奥さんは注目したようですが、
一応ゆでた麺の上に、ゆでた鶏肉の塊と、ゆでたまご一個(剥いてあるところが愛を感じましたが)、キュウリ一本、ハム一枚そのままが乘っていたんです。

確かに具材は冷やし中華の具材ですね。

でも、大胆にそのまま乗っている写真はもう、ホントにびっくりして爆笑しちゃいました。

奥さん曰く「セルフサービスでどうぞ」ということで、食べるご主人が自分で「歯を使って食べればいいのだ」そうです。
もう、何と素晴らしいユーモアのセンスだろうと思って膝を叩きました。

ここのご主人は常に「簡単に〇〇でいいよ」というのでそれが奥さんには許せないらしいのですが、実はご主人は調理師さんだそうで、プロですから、冷やし中華はご主人にとっては「簡単」なんです。
でも、実際に私も作ったことがありますからわかりますが、ゆでた鶏肉は冷やしてほぐさなきゃいけないし、卵は普通は焼いて錦糸卵にするし、キュウリやハムも千切りにしないといけないなど何かと面倒なんです。
ですからこの奥さんはこのすべての工程を省いて出したんですよね。

ご主人の反応はもう、びっくりしたけれど笑っていたそうです。

ですからもちろんこのご夫婦はとっても仲良しですし、愛があるのです。

こんな奥さんはほんとにいいなと思いました。明るい家庭ですし、ご主人もちゃんとこの奥さんのジョークを笑える人なのです。
我が家でもしこんなことをしても主人に怒られるのがオチだし、全く受けないと思います。

笑いの絶えない家庭はやはり円満でしょう。
でも、きっと奥さんが明るい返しができるからです。私はこんなユーモアはとても浮かびません。

妙に感動してしまったので、嫌なことを言われたときにこんな風にユーモアで返せる奥さんになりたいものだと思いました。
テレビでもご主人が夕飯のメニューに関して「なんでもいいよ」と投げやりに言うので、
「なんでもいい」→「ナンでもいい」という発想から、インドの「ナン」を作ってそれだけを
食卓に並べたというのがありましたが、これもまさにユーモアのなせる業で、ご主人は笑うしかなかったみたいです。

こういった発想があの、映画にもなった「嫌がらせ弁当」ですね。
こういったユーモアはすべて愛なのです。

男性でも女性でも、「面白い人」は絶対にもてます。一緒にいて笑いが起きてしまうから、嫌なことも忘れてしまえます。
ユーモアって占星学ではどの領域なんだろうと思いますが、水星や3ハウスのアスペクトなんでしょうね。ただ、それが通じる相手でないとスベるだけですが。
天王星が利いている人も、ウイットに富んだところがあるかもしれません。

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我慢と辛抱の違い [ひとりごと]

私は職業柄、悩みがあっても自分で解決できるのではないのかと思われてしまうのですが、自分のことは自分では正直わからないことも多いのです。
主観的に観てしまいますから、私自身も客観的に誰かの意見を求める場合があります。

もともと私は左脳人間だったので、風の星がないくせに理詰めで物事を考えては負のスパイラルに陥ることが多かったのです。いわゆる「考えすぎ」というやつです。
そういう自分を変えたくて、占いを生業にしてもう20年以上になるせいか、今では柔軟性がかなり出てきたと思いますのでその部分ではよかったのですが、ややいい加減になりすぎるところもあり、時として自分がこれでいいのだろうかと思うこともあります。

以前、占星学の記事で怒りのコントロールは火星や冥王星で見るというようなことを書いたかと思いますが、(HPの「占星学の玉手箱」から探せると思います)年齢のせいか、今まで簡単にできていたことに対して妙に時間がかかったり、何と言っても記憶力がかなり低下してきていて、「こんなこともわからないのか」と、自分で自分に対して苛立ちを覚えることが多くなって、握力や筋力もなくなりつつあるので、モノを落としたり、変なところでぶつかったり何かにつけ「どんくさく」なっています。
なので、そういう「無能」な自分にイライラして止まらないことがあるのでこういうのを抑えなきゃいけないなと
思っていたところ、常連のお客様で「アンガーマネジメント」という「アンガー」つまり「怒り」の感情を「マネジメント」(この場合は「後悔しないこと」という意訳をしています)後悔しないこととして、怒りを必ずしも悪いものとしてとらえるのではなく、本当に必要な怒りは出してもいいのだということを学ぶ講座で資格を取った方がいて、心理学はいろんな局面で勉強したい方なので、入門講座を受けてみました。

まず、怒りの感情が湧き起ったときその衝動をとりあえず6秒コントロールすることだと学びました。
6秒っていうのは意外と長いもので、深呼吸もできます。でも、怒りに駆られているときに6秒数えるというのは割と至難の業です。でも、「ちょっとまて」は6文字ですし、これを唱えながら待つことはできるかもしれないなと思ったりしました。
あとは、なるべく空を見上げて下を向かないようにすることで6秒数えてもいいかもしれません。
胸を張ることになるので不思議とマイナス感情が湧き起りにくいからです。

ただ、単に怒りを我慢して6秒待つ、となると実はコントロール不能なのです。
でも、怒りを辛抱することはできるのです。

我慢というのは実は人や外部からさせられることつまり外側からの感情なので、嫌なことなのです。
ところが、辛抱というのは、自分ですることなので、主導権はあくまでも自分なのです。そして辛抱することで自分自身を責める必要がなくなるのです。
この、我慢と辛抱の違いを問われて答えられませんでした。
確かに「我慢大会」というのが真夏や真冬にありますが「辛抱大会」とは言いませんね。

子供が泣いていたらつい「我慢しなさい」と言います。「辛抱しなさい」と冷静にいう親はあまりいないでしょう。
だからなのか、子供は「我慢しなさい」と言われて余計泣き出す場合が多いし、無理やり我慢させられているという気持ちで歯を食いしばっている場合もあるでしょう。
これが大人になってくると理性が働くので、人前では泣かないというように「辛抱」することができるようになるわけです。

あと、怒りの正体は、自分で勝手に決めた「〇〇であるべき」「〇〇すべき」というようなこだわりであって、怒りに対して勝手に意味づけをしているのです。この「~べき」というのは自分で変えられるし、手放すことができる場合が本当は多いのです。
どうしても怒り=マイナス感情だと思いがちですが、これもまた、怒りは抑えるべきだ、というように意味づけをしているからだと思います。
たとえば自分の子供が目の前で殴られようとしているのを見ていて感じる怒りは抑えるべきじゃないはずです。
要するに、必要な怒りは出すことで防衛感情になっていますので、大切なことでもあります。
こういう怒りまで抑えてしまったらそれこそ人は行動できなくなってしまいます。

つまりは、人は変えられないけれど、人の行動は変えられるということが前提なので、怒り方というのも大事になってくるわけです。
怒りは決してなくならない感情ですが、感情的にならずとも怒りは伝えられるというわけです。

もちろん、ある程度鍛錬は必要でしょうけど・・・。

入門編だけでもかなり深い内容でした。

怒りを辛抱できたら自分をほめてあげればいいんだなと思いました。

そして怒りというのは第二次感情であって、表面に出ている感情ですがその原因には第一次感情としての
悲しみや憎しみ、ねたみ、いろんな感情が実はあるので、この、9割を占める一次感情に気づくことこそが怒りの本質を知る(理解する)ことにつながります。

常に不機嫌でイライラしている人も実は奥底に寂しさとか深い悲しみがあるからかもしれません。
私自身のイライラも、現在の生活がどうしても100%自由とはいかず、嫌いな家事の負担が増える一方だからという現実に対する不満から来ているように思います。
でも、これは現実だから取り除けないですし、別に私自身が自分を責める必要の全くないものです。
家事をするのは当たり前だという、主人などが言うところのそれこそ「主婦は家事をするべき」という概念に対して怒りを感じますが、別に主婦が家事をサボってもいいのですし、サボった自分を責める必要もないのです。私はがんばっているんだ、と自分自身を認めてやればいいだけなのです。

人の悩みも、奥にある感情に気づくことで解決の糸口がつかめたりします。
その意味で「怒り」というともすれば「良くないもの」だと決めつけられがちな感情に焦点を当てるのはとても
意味のあることだなと思いました。

叱り方の入門講座もあるようですからそちらも受講したいなと思いました。

イライラしたら自分が落ち着く文言を唱えるといいそうです。小田さんの曲に出てくる
「そのままでいいんだ」「そのままのきみが好き」というまさにこれを唱えたいなと思いました。

そういえばイラッとくるCMで十六茶のCMの中でガッキー(は好きなんですが)がやたらと「べし」という文言を使っているのがどうも耳につくなぁと思っていました。それこそ「べし」なので決めつけている文言だからなんだなと思いました。
占いでも、決めつけの言いかたをするのはあまりよくありません。もちろんプラスの事象は励ましに断定口調を使ってもいいですが、なるべく柔軟な文言を使うことで相手の心をほぐすことが大事だろうと思います。

今は特にあまりズバッと言われることを好まない傾向があります。
時代に即したセッションの仕方も学ぶ必要があるし、時に心理学のメソッドを学ぶことはとても大切なことだと痛感しました。



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何も言えなくなっちゃいます [ひとりごと]

今日は日蝕ですが、相変わらずの雨模様で、九州の方は大変だと思います。
8ハウスだとばかり思っていましたが、7ハウスでした・・・
主人のことがクローズアップされるのかぁ・・・いいことだったらいいですがやはり健康面に問題を常に抱えていますのでそこが気になるところです。

ところで、今日、ニュースで見てびっくりしましたが、中日ドラゴンズの応援歌の中で「サウスポー」(ピンクレディーのヒット曲)の替え歌?か、歌詞の中に「お前」という表現があるのでそれが子供の教育に問題だという理由で歌われなくなったということです。
私が大阪人だからか、「お前」などという言葉はすべてが相手をばかにして言ってるのではないし、男性だったら恋人や奥さんに対して常日頃から「お前」と言いますし(うちもそうです)全然気にしてなかったです。

確かに、友達にも「男性からお前って呼ばれるのは嫌だ」という人はいましたが・・・。

応援歌でわざわざ「きみ」とかいうのは変だと思うし、選手の名前が長い場合は入れづらいし・・・。

もとより、関西人の漫才などほとんど「お前」よわばりですが、それをすべて「きみ」なんて言ったら全然面白くなくなっちゃうしもう、吉本新喜劇とかも何も言えなくなってしまいます。
吉本の例の闇営業問題が影響しているのかどうかは知りませんが、子供に「お前」というのが別にばかにしている言いかたではないと教えたらいいだけなのではないのかなぁって思ったりもします。

確かに以前、行きつけの美容室の美容師さんが、お子さんが家に友達を連れてきて遊んでいたら、自分のお子さんに「お前」と言った子がいて嫌だったとおっしゃっていたんで、「そうですか?」と私は返しましたが、人によってはすごく嫌なんでしょうね。

うちは娘しかいませんが、小さい時、あまりにも悪い時は「お前」と言ったことも正直あります。(笑)

要するに、ケースバイケースだと思うので、応援歌とかの場合は絶対にファンだから選手のことをバカになどしないし、いいんじゃないかなぁと思いますけどね。

中日のファンの人はみんな納得しているのかなぁ?
きのうは完封負けだったみたいですが。

こんなことがニュースになってしまうような世の中、ちょっといろんなことに過剰に反応しすぎるのではないかと思いました。
言葉づかいが悪くても明るく活発で元気なお子さんのほうがいいように思うし、私の大好きなあの「種田さん」だってドラマで結衣に「バカか、お前は」と言ってました。
こんな愛のある「お前」だったら大歓迎ですけどね・・・。

それこそ大阪弁では「アホかおまえは」なんてことは日常茶飯事です。

うーん・・・ちょっとなぁって思ってしまいましたが、巷で聞いたら3割ぐらいは賛成の人いましたね。
私は絶対に反対ですけど・・・。


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癒されたい~☆ [ひとりごと]

yjimage.jpgまだまだ精進が足りないのか、相変わらずいろいろあります。

そんな時、この画像を見るとホッとするので皆さんにもおすそ分け。

ご存知かもしれませんが(絵本も出ているようですから)私は何かのニュースで、〇と▽だけで似顔絵が描けるということで、見たらホントにそんな顔なんです。

「シマエナガ」という鳥だそうですが、真っ白でまるでヘッドホンをかけているかのような画像ですが、ほかにもいろいろあって、とにかくモフモフでかわいいのです。
目が〇でくちばしが▽でしょ?
小首をかしげているような画像もあったりしてもう、表情のすべてがかわいいのです。

ホンモノを見たことはないのですが、どうやら北海道に生息しているようです。
全身真っ白ではなく、羽の部分は薄茶色なんで、スズメみたいな感じなんですが、「雪の妖精」とも言われていて、白い部分がすごくきれいですね。

動物は本当に癒されます。
我が家にも癒し犬がいますが、無防備にお腹を向けて寝ている姿はホントにホッコリします。

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久々にすがすがしい気持ちになりました [ひとりごと]

昨今、ネットを開けば嫌なニュースばかりでもう、世の中終わってるな…と思うことも多いのですが、
沖縄で高校生の男子生徒が、おじさんの納骨式に出席するための飛行機代6万円が入った財布を失くしたことに気づいてもう、途方にくれていたら、通り合わせた男性がなんと、6万円を手渡したという話。
それだけならまあともかく、その後が素晴らしい。

どちらもそれこそ魂レベルの高い人だったのでしょう。
高校生の男子生徒はあまりに突然の出来事でうっかりその男性の連絡先を聞き忘れていたということで、
6万という大金を絶対にお返ししなければいけない!と思ってもう、必死で探したそうです。
こういう場合のネットは本当に便利ですね。

それで、埼玉在住のもともと沖縄出身のお医者さんだったことが判明しました。
そして、そこまでして男子生徒が自分を探してくれたことに、そのお医者さんがうれし泣きをしているニュースを読んだだけなのにウルウルしてしまいました。

こんな心根のいい人が日本にもまだいるんだ!と大袈裟ではなく感動しました。

もちろん、6万円などという大金を貸してもらったら通常返すのが当然ですが、今の時代だったらもう、
「ラッキー」と思って相手が誰だかわからないしまあいいや、と思うような人間のほうが多いかもしれません。
でも、この男子生徒はすごく心のきれいな子だったのでしょう、まるで地獄のような思いの中、そこから一気に天国に行ったような気分を味わったので、そのお礼を言いたい!という純粋な気持ちしかなかったんでしょう。

きのうはやっとその二人が「対面」して、工業高校に通っている男子生徒は手作りの文鎮に、感謝という文字とお医者さんの名前を彫ったものをプレゼントという、まあ、心のこもったものを・・・これまた感極まりました。
お医者さんからはなんと、財布のプレゼント。これまた粋ですね。
この二人はこうやってきっと一生固い絆で結ばれることでしょうし、お互いに一生忘れない出来事になったと思います。

こんないいニュースは久しぶりに観たので、本当に感動しました。

余談ですが、例のLINE乗っ取りの際、友達の一人はなんと、私がよっぽど困っているからだろうと、ぶしつけ極まりない文面を信じてコンビニでカードを買おうとまでしてくれていました。でも、変だなと感じて電話くれたから間一髪のところでお金の被害に遭わずに済みました。
彼女はもともと優しくて心のきれいな人でしたが、ホントに優しい人なんだなと、うれしかったです。
何よりも私が落ち込んでいるだろうということを心配してくれた彼女のメールの文面にもすごく励まされました。今回の男子生徒もきっと、落ち込んでいたところにまさかお金をしかも6万もすっと渡してくれるなんて、思ってもいなかったと思いますから、今回の私とはくらべものにならないぐらい、うれしい気持ちになったんだろうなと思いました。

彼はきっと、心優しい素敵な青年に成長することは間違いないでしょうし、お医者さんも、見るからにいい人だなと思うような雰囲気の人でした。お医者さんだからまあ裕福ではあると思いますが、通常裕福だと自分だけがいい思いをしている場合が多いんですが、人のためにお金を惜しげもなく使えるという、この方の心根もまた素晴らしいと思いました。

久しぶりにいいニュースを見てホッコリしました。
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日本語は難しい [ひとりごと]

たぶん、世界中で一番難しいのは日本語なんじゃないかなと思います。
もちろんほかの国の言葉を何も知らないのですが・・・。

目下のものが目上の人に対して「お疲れ様」と言ったら批判されたということなんですが、じゃあ、なんて言えばいいのかなと思いますよね?
「お疲れ様でございます」というようにすべて丁寧語にすればいいのでしょうか?
確か、目上の人は目下のものに対して「ご苦労様」というと聞いたのですが・・・。
そのかわり、目下から目上には「お疲れ様」だと。

私は会社員をもうずいぶん長くしていないので、その辺の使い方がわかってないところもあります。
でも、会社では、目上からはもちろん目下に対して「お疲れ~」みたいに言うと思うし、
目下が目上に対しても「お疲れ様です」というと思います。

上記の批判されたというのは、ある芸能人が天皇陛下に対してもちろん直接ではなくブログか何かで書いたら批判の嵐だったということなんですが、まさか天皇陛下にご苦労様はないと思いますから、お疲れ様でしたと普通にいうと思うんですが・・・。

あと、ビックリしたのが、「了解です」というのもよく使いますがこれ、目上から目下に対してのみ使うものらしく、逆の場合は「承知しました」というそうです。
LINEのスタンプにも普通に「了解」というのがあるんで、割と気軽に使ってるんですが・・・。
私の年齢になるとまあ、ほとんどの人が私よりも年下なんですが、年下の友人から「了解」というスタンプを送られても何とも思わないですし、別にいいんじゃないのかと思っていました。

うーーーん、マナー教室ではないのでもう、ざっくばらんでいいんじゃないかなと思うんですがダメなんでしょうかね?時と場合によっては・・・。

日本語はニュアンスで伝わるから、敬意を払っていたらいいと思うんですが・・・。

ただ、最近やたらなんでもかんでも「やばい」というのは非常に気になります。
あまり品の良い言葉ではないと思うので、今やいいことに対してもたとえばものすごくおいしい食べ物があったとき「ヤバい」とよく言いますが、この使い方はどうなんだろうなと、おばちゃん的には気になりますね。

災害のニュースでもよく、「ヤバい」を連呼していますがこれもどうも・・・。

平成ではやった若者用語が徐々に変化し、また令和でも若者用語がいろいろ生まれるんだろうなとは思いますが、あまり品のない言葉ははやってほしくないですね。

ここ数日、皇室関連のニュースをよく見るせいか、美しい日本語を使わなければいけないなとちょっと思ったりします。
「令和」という響きはとても美しいと思うので好きですし、その時代に似合った言葉づかいをしたいものです。

と言っても大阪人なんで、大阪弁丸出しですが、少しでも品よくしたいとは思います。
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